桐朋中学校 原口校長先生のお話・穴埋め式まとめノート②

この記事は、文化放送PodcastQRで毎週月曜日に配信されている「【中学受験】おおたとしまさの『校長室訪問』」の内容を、確認クイズ付きでWeb再録したものです。

配信内容の主要部分を書き起こすとともに、その一部を「穴埋め(ブルダウン式の三択)」クイズにしております。

番組を聴きながら穴埋めを完成させて、楽しみながら学校への理解を深めていただければ幸いです。

今回お届けするのは、
桐朋中学校(東京都国立市)の校長である原口大助先生のお話(全4回)の第2回です。

※その他の回をお読みになる場合は、下記リンクをご利用ください。(配信後、順次追加していきます)
第1回  第3回  第4回


番組の聴取は下記より↓↓

【大切なお願い】

※このWeb再録は、「【中学受験】おおたとしまさの『校長室訪問』」をより楽しんでいただくための取り組みとして、文化放送様の許諾をいただいて実施している特別企画です。

クイズを楽しんでいただいたあとは、ぜひページ末尾のアンケートフォームから、番組のご感想やリクエストなどをお送りください。

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Topics1:創立の経緯

軍人の子弟を教育する学校として設立

おおたとしまさ氏(以下、おおた):
今回は2回目ということで、学校の歴史や歩み、生い立ちみたいなところをうかがっていきたいと思います。

まず、どんな創立者がどんな問題意識でこの学校を創立したのかというところからおうかがいできますか?

桐朋中学校
原口大助
校長(以下、原口):
本校は1941年、まさに第二次世界大戦の始まる時期に、軍人の子弟の教育がなかなかなされていないことに問題を感じた出資者が学校を創設した、そんなスタートでありました。そのため、戦後間もない時期にはGHQの指導を受けるなど、学校の存続すら危ぶまれた時期もあったと聞いております。

おおた:
先生、ちょっと質問なのですが、1941年は本当に戦争が始まったばかり――真っ最中に(学校を)つくられたのですが、その時に出資をされたのはどのような方だったのですか?

原口:
船舶業というのでしょうか、船を様々に使いながら商業をしているような方でした。(中略)山下亀三郎という方が、船というのはいくらつくってもどこかのタイミングで沈んでしまったりするけれども、そのお金を子どもたちの教育に使えば、後々まで子どもたちの力を伸ばしていけるので、お金をそういった方向にも使ってみたいということで、学校を創設したと聞いています。

おおた:
なるほど。先生、ちょっとうがった見方をしてもいいですか?
造船業をされていた会社のオーナーが、軍人の子弟のために学校を作ったということは、要は、軍艦なんかも作ったりしていてお客様だったりしたのでしょうか…?

原口:
そのあたりのつながりがあったかどうか(はわかりませんが)、本校の当時の――最初の校長は陸軍の方だったり、海軍の関係の方だったりと聞いていますので、軍とのつながりは深くあったのだろうと思います。

おおた:
そこに対して、学校――軍人さん、海外に行ってしまっているお父さん(のお子さんが学ぶ学校)が足りていないということがあって、ではそういうところをサポートしようという意味合いもきっと。軍とはもともと近い距離にあったということでしょうね、背景として。

原口:
終戦になりますと、すぐにGHQから査察のようなものもあって…

おおた:
そうですよね、目の敵ですよね…

原口:
軍に関するような何かしらがあると、その学校自体を継続させてよいのかということにもなりかねないと、様々に苦労を重ねたと聞いています。そうした中で、1947年、東京文理科大学(と)東京高等師範学校――この両校はのちに東京教育大学となり、さらには筑波大学に移り変わっていくのですが――の(1)という形で、本校は再出発を果たすことができました。

<確認クイズ>
(1)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

Topics2:戦後の再スタート

ともに戦後の新しい教育をつくりあげていく

おおた:
協力校。(中略)…もしかして附属校になっていたら(桐朋は)「筑波大学附属国立」だったかもしれないということでしょうか?

原口:
(笑)そういったこともあったかもしれませんね。

おおた:
校章も確か関係があるんですよね?

原口:
ありがとうございます。
東京文理科大学も、東京高等師範学校も、校章には「(2)」 が用いられておりまして。
協力校ですから、ともに、戦後の新しい教育をつくりあげていく、友達のような。ですから校名は(2)の朋(とも)、となっております。(中略)

<確認クイズ>
(2)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

教育理念はすべて〇〇の条文から引かれている

原口:
桐朋になってからの初代の校長が、東京文理科大学で学長をおつとめになっていた務台理作博士でした。務台校長は、(3)の原案作成にも深く関わるなど、戦後の教育改革の中心を担われたかたでした。

本校の教育目標は3つあるのですが、それらすべては(3)の条文から引かれた表現となっています。

具体的に申し上げますと、

・自主的な精神を養う
・他者を敬愛する
・勤労を愛好する

この3つを本校は教育目標に掲げ、桐朋となって以来、ずっと取り組んできました。

<確認クイズ>
(3)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

Topics3:民主主義

戦後、桐朋の教育は大きく転換した

原口:
その当時、務台校長が生徒に語りかけたメッセージが伝えられており、それが「自発的な探究(4)心を持て」というものだったそうです。なんとか生徒に、自主的に勉学に取り組む姿勢が身に付くようにと、当時の先生方は、自由研究の奨励をしたり、生徒会やクラブ活動での生徒主導による運営などを推し進めたと聞いています。

おおた:
生徒自治を推奨したのですね。

原口:
そうですね。学問においても、様々な活動においても、自発的な(4)心をもって積極的に取り組みなさいという務台先生の教えを形にしていく取り組みだったのだと思います。

おおた:
戦前の完全に軍人子弟のための教育をしていたところから、(戦後は)務台理作さんという非常にリベラルな――たしかヘーゲルの研究かなにかをされていた方ですよね――校長先生が来て。がらっと、思想的に、校風的に変わった――入れ替えたということなのですね。

原口:
はい。そうした形での本当に大きな転換をしたのだと思っておりますし、それが、戦後の民主主義を本校内でもずっと大切にし、さまざまな指導にも、あるいは本校の教育活動においても、民主主義を一番の柱に据えながらということにつながったのだと思います。

<確認クイズ>
(4)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

校長の独断で物事を進めるなど「発想にものぼらない」

おおた:
自分達が軍と近かったという自覚があるからこそ、民主主義を学校の文化として取り組むんだという、そういう意識がものすごく強い学校ですよね。

原口:
そうですね。生徒に自治をうながしたりとか、教員同士でも――私は現在、校長という任にありますが――校長の独断で物事を進めるようなことは「発想にものぼらない」ぐらいまったく無く、教員同士の話し合い、皆で合意しないとことが進まないというのが現代も変わらぬ形で続いておりますので、民主主義が本校では最も大事な思想になっていると思います。

おおた:
そうですよね。なかなか表からは見えにくいところですけれども、職員室の中での議論であったり、管理職の選ばれ方であったり、非常に民主的な手続きをとることになっているんですよね。

原口:
校長も「自分たちの代表」ということで、校内の(5)で選ばれる形になっておりますので――私がなってしまったのですけれども――そんな形での運営を最も大切にしている学校かと思います。

<確認クイズ>
(5)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

民主主義のもどかしさから逃げない

おおた:
民主主義ってもどかしいところも、やはり、あるじゃないですか。だけれどもそのもどかしさから逃げないで、みんなの合意を得ながら組織を運営していく――そういう先生たちの姿を見て、また生徒たちも、民主的な姿勢を身に付けていく。そういう風景を私も御校で見た気がします。

原口:
ありがとうございます。現在では彼らは、自分たちで話し合って進めていきたいという強い意思をもってくれています。
たとえば文化祭なども、すべての企画・運営を彼らが行っていますし、学校の修学旅行も、(6)ごとに話し合いをして行き先を決めるというスタイルを継続しております。

中学生においても、今申し上げた修学旅行の中学生版として、1泊2日の「9月旅行」を自分達で行き先を決めていますし、色々な行事が彼らの自主的な運営に基づいて行われています。

おおた:
自主的に、生徒さんに任せていると先生は楽じゃないか?と知らない人には思われてしまうかもしれませんが、(実際は)先生は余計にハラハラドキドキに付き合わされるという(笑)。

原口:
そうですね。「こうしたらいいんじゃないの?」と言って、彼らが賛同してくれればものの5分で決まる行き先も、2時間も3時間も彼らがああでもない、こうでもないと言うのを見守りながら、時に方向を軌道修正しながら、我々は支えたり、時々は上から引っ張り上げたり。

おおた:
その軌道修正というのも、議論の決め方がおかしくなったりとか、強い意見に引っ張られてみんな本当は納得していないのに予定調和的になってしまったりした時に、「あれ、ちょっと君たち、議論の仕方がおかしくない?」とそういうふうにちょっとは入ったりするのでしょうけれども、決して、北海道に行こうとしていたものを「沖縄にしよう」と言うわけではなくて。先生方は常に「ここ、介入しようかな、どうしようかな…」とやきもきしながら見守っているという学校ですよね。

<確認クイズ>
(6)に当てはまる言葉は何でしょう?

テスト

いかがでしたか?
桐朋中学校の原口大助校長先生のお話・次回(第3回)配信分のテキストは こちら からご覧いただけます。


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